南アルプス　甲斐駒　篠沢七丈瀑

メンバー：羽矢　洋、碓井桂子

　篠沢七丈瀑を初めて訪れたのは９９年の２月のこと。その時は、クライミングジャーナルの創刊号に報告されたピオレトラクションとしての初登ラインである右ルートを攀った。

　このとき、２ピッチ目終了点から左側に見えるカンテ状に発達した氷のラインは、露出感も絶対的なものとして目に映り、次回があればこのラインを攀りたいと思った。

　それから１１年。ようやく重い腰を上げたという感じで計画を立てた。

　その事の発端は、とんでもない錯覚によるものであった。と言うのも、この年末に出かけた尾勝谷支流の塩沢では、ラッセルこそないものの、３時間以上の長時間に亘り、強烈なゴーロ歩きを強いられたが、そんなアプローチをめげそうになりながらもなんとかこなし、予定どおり左俣アイスを楽しむことができた。このとき、二人の間の共通認識として、「黒戸尾根の方が楽ですね。」という錯覚が生まれた。

　で、結論から言うと・・、甘過ぎた・・。黒戸尾根の方が確実に２倍以上辛かった（無論、どちらもラッセルなしでのことだから、アマちゃんの戯言なんだけど・・）。

"まずは神社にお参りし、歩き始める。　　　　最初は順調だったんだけど・・・"

　そんなこんなで、這々の体で五丈に到着となった。

　小屋もなくなり、寂しくなった五丈小屋跡には我々のテントを含め５張りとなったが、皆な黄蓮左俣計画のようだ。

"小屋もなくなり、なんとなく寂しい五丈はこんな感じ。"

　雪面を整地し、テントを設営し終え、中に入る頃、それまでの疲れはどこかに消えた。真冬の遅い午後、ウイスキーをチビリチビリやりながら、ゆっくりと水作りをする。そんな非日常的な作業も悪くはない。

　いつの間にか陽が落ち、降るような星空に。明日の天気は期待できそうだ。

　朝、目覚めると黄蓮谷側から吹く風は強く、なんと雪も真横に降っている。だけど予報では晴天だから暫く待っていれば止むはずと、朝食の後はゆっくりティータイム。

　７時を過ぎる頃、雪も小降りとなったことで身支度に掛り、出発だ。

　篠沢七丈瀑への下降点は、ほとんど七丈直下に位置するギャップだから、五丈からはかなり高度を上げていくことになる。

　トボトボとギャップに向かって上がって行くと、いつの間にか青空も広がり、天気は約束された。

"七丈瀑へはこの橋の袂からルンゼを下降する。初めは傾斜も強く、注意が必要だ。"

　ギャップからは雪の溜まったルンゼの急降下となるが、前日、篠沢七丈瀑へ入ったトレースがあり、ラッセルもなく瀑下に到着することができた。

　瀑下左岸側は、いい塩梅に日差しを受けることから、登攀準備も苦にはならない。そもそも気温は高めで、だから僕も碓井さんもこの日終日、手足の痛みに悩まされずに済んだ。

　見上げる七丈瀑は発達もまずまず。直ぐにスタートだ。

"氷瀑の発達はまずまず。気持ち昂る！！"

　１ピッチ目は直上からランぺ状に右上するラインを採って、初登ラインの２ピッチ目終了点の少し手前まで伸ばし、スクリュー２本でビレー。このピッチ、ほぼ50m。碓井さんも快調にフォロー。ノミックは快調のようだ。

"１ピッチ目をフォローする碓井さん。ノミックにも慣れ、順調だ！"

　２ピッチ目は数ｍ、真左へトラバースし、カンテラインに入って行く。スタート直後は水が流れ、氷の状態もいまひとつだった。

"２ピッチ目は真左へ移動し、カンテに上がり込む。唯一、氷の状態が悪かった。"

　この頃、取りつきにクライマーが二人現われる。後ほど、お二人は熊谷山旅会の森田さん、新井さんであることを知る。

　カンテに上がり込むと氷の状態も良好となり、アックスもアイゼンのツァッケもほどよく決まる。まだ、充分に使い慣れてはいないコブラだけど、今日の氷のコンディションだから不安はない。また、スクリューも立て込みやすく苦労なく確実なプロテクションが確保できるから大胆に攀ることができる。

"カンテに上がり込めば氷質もばっちり。コブラもばっちりだから、ぐんぐん延ばす。"

　30mを過ぎたあたりで傾斜は顕著に落ちる。ここから左岸側にある立ち木まではまだ距離があることから、ここで２ピッチ目を切ることにする。碓井さんも順調にナイスフォローだ。

"２ピッチ目をフォローする碓井さん（熊谷山旅会の新井さんが撮ってくださいました。）。"

　傾斜もなくなった３ピッチ目はナメとなり、右上に向かってトラバースし、何本かある立ち木の中から下降に持ちこたえてくれそうな太めの木でオフビレー。碓井さんも直ぐに上がってきて、下降に移る。

　下降は２ピッチ。1ピッチ目は初登ライン２ピッチ目終了点まで。ハーケン数本のビレーポイント。２ピッチ目で取り付きへ。順調だった。

"３ピッチ目は左岸の立ち木を目指して右上していく。もうすぐ終了点です。"

　長いアプローチをこなし、七丈瀑を登れた嬉しさの感動の余韻に暫く浸っていたいところだけど、今日のうちに下山しなくてはならない。だから、直ぐに装備をしまい、五丈に向かって登り返しだ。

　無事、登れたからか、意外に体も軽く、遠いと思っていたギャップに掛る橋までも近く、お互い喜んだ。

　五丈に戻ると縦走登山者が３人休んでいたが、直ぐに下山していった。我々もゆっくり荷造りをし、下山にかかる。

　それ以降、誰にも会うことはなく、静かな黒戸尾根を満喫。刃渡り尾根からは鳳凰三山のオベリスクも富士山も立派だ。

"途中、こんな間の抜けた道標も・・"

　竹宇に着く直前、尾白川に向かって高度を下げていくときにヘッドランプのお世話になった。

　６年ぶりの黒戸尾根でしたが、とても疲れましたね。冬装備を背負っての登りは、もしかするとこれが最後かもしれませんね。とにかく碓井さん、本当にお疲れ様でした。

＜行程＞

９日（土）竹宇駐車場出発(9:10) ― 五丈着(15:15)

１０日（日）五丈テン場出発(7:45) ― 六丈ギャップ(8:10) ― 七丈瀑下到着(8:30) = 登攀開始(9:10) ― 七丈瀑下戻り(12:25)

　　　　 = 瀑下出発(12:40) ― 五丈戻り(14:00) = 五丈出発(14:30) ― 竹宇駐車場戻り(17:45)