甲斐駒Ａフランケ同志会右ワンデイ

メンバー：羽矢　洋、碓井桂子

　ここ最近、山していないし、本格的な壁シーズンを控えている（僕達にとって）ことだし、気持ちと体力そして耐力のリハビリ山行を入れよう、入れましょうと各々出しあった案は、図らずも同じ黒戸尾根＋Ａフランケそして上手くすれば甲斐駒山頂ワンデイだった（結果は、疲れたことに加えて、時間切れも手伝って、山頂は踏めず、画竜点睛を欠くって気持ちも正直ちょっぴり・・）。

　前夜白州入りした僕達は、いつもの入山祝いは控えめに、缶ビール一本ずつで早々と寝にかかる。最近は、深夜の車に眠りを妨げられる竹宇の駐車場を敬遠し、別のところでテントを張って寝ることにしている。眠りにつく前の用足しに、外に出てびっくり。下の水田は、ゲンジボタルの乱舞が繰り広げられる世界だった。久しぶりに目にする蛍の美しさに、しばし見とれる。

　朝は、それなりに真面目に起きだし、直ぐに駐車場に上がって行く。梅雨の合間の晴天予報に誘われたのか、意外に車が多く、１０台を数える。

　早々に準備を済ませ、今日のながーい一日をスタート。とにかく急がない、あせらない、とばさないを自分達に言い聞かせ、一歩一歩ゆっくりと八丈を目指す。

　途中、粥餅石の水場へ向かう通常の登山道は枯れ枝により通行止め状態。この先で崩壊が進んでいることが理由らしい。もとより飲み水は全行程分持参し、端から水場に寄るつもりはなく、いつものように左の新しい方の道を辿って行く。直ぐに横手からの登山道が合流し、間もなく笹平へ。

　核心は八丈までのアプローチである事を肝に銘じ、ペースをゆっくり、ビスターリビスターリを言い聞かせながら五丈、七丈へと高度を上げて行く。七丈小屋では水道の蛇口から豊富に水が流れているが、今回は一人1.5リットル持ち上げてきており、また、涼しいこともあって汲み足しは不要。小休止の後、八丈までの最後の登りにかかる。

　途中、僅かに残る残雪を踏んで、ようやく八丈御来光場に到着。長年くぐってきた鳥居だが、今は、片方の柱を残して崩れ落ちてしまっている。長いアプローチが終わったことを実感してきた人工物が、自然に帰ろうとしている事が、ちょっぴり寂しい。

　テンバも岩小屋も空っぽ状態。ここまで履いてきたワコールのスポーツタイツから登攀用のパンツに履き替え、Ａフランケ基部に向かって下っていく。途中、たまに目にするテープ、シュリンゲはいずれも色あせ、目立たないながら、下降路を誤っていないことが確認でき、それなりに心強い。

　基部から見上げる同志会右ルート、雪と岩の会ルートが引かれた壁は、一面濡れており、右端などは流水溝さながら。フリーなら厳しいだろうが、アブミの掛け替えに終始する人工ルートということで、不快ささえ我慢すればなんとか攀れるだろうと、すぐに準備を済ませ登攀開始。

　１ピッチ目。雪岩ルートの取り付きにはボルトが２本打たれ、そこからすぐにボルトが続いているが、同志会右は一本目のハーケンまでが少し遠いため、草付きの嫌らしいフリーからのスタートとなる。ここが結構恐い。一本目のハーケンと次のボルトにクリップすれば安心モード。ホゲ氏の記録にあるように１ピッチ目のボルトはメッチャ遠く、最上段でも届かず、リストループへの立ち込みをしばしば強いられる。途中、右から来る雪岩ルートと交錯するところは、一旦、右の雪岩ルートのビレーポイントへトラバッて、そこから直上に移るが、なんとここでルートを誤る。広いスラブに僅か２本だけのルートだから、誤った僕が間抜けだったのだけど、はっきり言って白山書房のルート図（ＣＪ編,2001.7版）が誤っている。取り付く前に基部から見上げ、ルート図と照合させ、頭の中でもラインは引かれていた。ルート図では、１個目のハング（地上から２５ｍ上方）はダイレクトに越えないで左からパスし、２個目のハング（さらに１０ｍ上）の下でピッチを切り、２ピッチ目でこの２個目のハングを左端をかすめるように越える記述になっている。だから、雪岩ルートと交差してから、両者の位置関係は確認せず、ただただ夢中で直上ラインを取った。１個目のハング左横にきたときに、初めて同志会右は、そのハングをダイレクトに越えるようにラダーが引かれていることを知る。なんなんだ！ここから少し上のビレーポイント（ルート図ではこうなっている）でピッチを切って碓井さんを迎える。いわゆる本ちゃんであり、セカンドもユマーリングでなく、きっちりとフォローとしたが、ビナ1枚掛けを多用してきたため遠いボルトに碓井さんも苦労して上がってきた。

"長いアプローチを終えて、ようやくクライミングが始まる。１ピッチ目スタート直後。"

　この位置では、両ルートは接近しており、２歩のフリーで右ルートへ移って行ける状態だから、２ピッチ目スタート直後にそちら側に行ってハーケンとボルト一本分上がってみる。２個目のハング直下まで続いているこのボルトラダーから、次に見えるハング付け根のハーケンまでの間、ワンポイント分だけど抜け落ちているのかブランクになっている様に見える。目の良い碓井さんにも見てもらったが、やはりピンが確認できない。この時点でも、果たしてこれが同志会なのか、あるいは別の知らないルートなんだろうかと、疑心暗鬼のままの羽矢は、再度左へ移って、ルート図通りの直上するラダーに進路をとった。２段目のハングをルート図通り左端付近で越え、上の段に上がり込むと、ラダーは少しずつ左のブッシュラインに向かって延びて行っていることを視認。この時点で、やはりこれが雪岩ルートであることをはっきりと悟った。正直、馬鹿だった。仕方なく雪岩３ピッチ目終了点とおぼしきアンカーまで攀っていき、一旦振り子で正規の右ルートに入ることにする。碓井さんに２段目のハング庇上部近くまで降ろしてもらい、そこから壁の横走りをしてなんとか右のビレーポイントをキャッチ。結構マジな振り子だった（右ルートには、トポに記載されていないビレーポイントが所々にある。）。碓井さんには一旦雪岩ルートをクリーニングしてもらい、懸垂でここまで降りて来てもらう。ここまでにルート図を眺めたり、ラインを探したり、また、実際に一旦入って行ったりと、右往左往する時間が長く、大幅に時間を消費してしまったが、気持ちを落ち着け、正規の２ピッチ目終了点に向かって上がっていく。途中、ボルトが折れているところもあるが、傾斜が若干緩んでいるのと上手くホールドがあることで容易に次のボルトが取れ、さらに１ピッチ目のようには遠くないボルトに助けられ、少しずつペースを上げていく。

　３ピッチ目。近づくと庇は大きい。しかし、ボルトの間隔も近く、アメリカンエイドのように腰まわり満載状態とは対照的に、ヌンチャク、バラビナだけの装備はとても軽く、すいすいといった感じで直ぐに庇先端に届く。しかし、予想した通りというか、ホゲ氏の記録通り、庇上のボルトが折れていて、その上のボルトにはどんなに頑張っても届かない。すかさずチョンボ棒を取りだし（ツエルトのポール一本＋テーピングテープ）、あっさりリングボルトをゲット。このリング、きっと多くのクライマーがアックスを引っ掛け、越えて行ったのだろう、飴のように曲がっている。越えて直ぐに３ピッチ目の終了点へ。

"３ピッチ目は最も大きいハングを越えていく"

　４ピッチ目は小さ目の庇を２個越えていくもの。いずれも支点の間隔は近く、ボルトの状態も良好。難なく越えてこのピッチも終える。スタートしてここまで、殆ど濡れている壁を攀ってきていることからシューズ、ロープとも水を含み不快。おまけにブヨも多くまとわりつき、快適さからは程遠い。

"４ピッチ目は２段のハングを越えていく"

　５ピッチ目は一旦下降気味に右トラーバースをし、次に右上気味にカンテを越えて向こうの壁に出る。後は草つきを１５ｍ上がって行き、立ち木でビレーオフ。

"５ピッチ目は一旦下り気味に右向こうのカンテを越えていく"

　５時間近い登攀時間は予定外だったが、これで山頂はなくなったことで、正直ちょっぴりほっとした。暫くは悪い草付きが続くためロープは解かずにスタカットを続け、途中、ブッシュがうるさくなるころ右下に下降路（フィックスロープあり）を確認し、ロープを解く。

　ここでギアを片付け、着替えを済ませ、歩きのモードに気持ちを切り替える。Ａフランケの頭の分岐まで１０分、そこからとぼとぼと３０分で無事八丈に到着。岩小屋向こうの快適なテンバでは、テントを張った若者二人がくつろいでいる。明日、赤蜘蛛を攀る予定とのこと。

　日暮れ前に駐車場は無理そうだけど、なんとか悪場は抜け出したいと碓井さんは走る走る。羽矢はその後を必死に付いて行くが、刃渡り手前でヘッドランプを出すことになった。だけどヘッドランプを点けてしまえば焦る気持ちも消え去り、ゆっくりとぼとぼと駐車場へ下っていく。

　ほんとうに長い一日だった。さて、石和温泉に行きましょう。

＜行程＞

竹宇駐車場 5:15 ― 八丈10:40 = 10:55 ― Ａフランケ基部 11:45 = 開始 12:05 ― 終了 16:55 ― 八丈 18:15 = 18:30 ― 竹宇 21:35

＜メモ＞

ボルトの腐食の程度は小さく、状態は総じて良好と感じた。しかし、クラックなど皆無のフェースに打たれたボルトラダーを終始アブミの掛けかえで攀っていくというルートの性格上、仮に一本でも抜けていると次のボルトがとれず、なす術もなく敗退の事態に陥ることになるなどは、言わずもがなであろう。完登を目指すならボルトキットかチョンボ棒は必携と感じた。

ビレーポイントは、トポに記されたところ以外にも散見され、しかも、各所とも５本以上のボルトステーションとなっている。敗退も容易と感じた（敗退した場合の八丈までの登り返しは別だけど）。

岩雪の１２８号のビッグウォールコメンタリー「Ａフランケ」を見返してみたが、１個目のハングは左にかわして、２個目からまっこう勝負するように記述されている。また、雪岩３ピッチ目終了点を使って振り子し、同志会右に入ったと書いたが、このコメンタリーでは雪岩の２ピッチ目の終了点となっていた。まあ、攀ったからいいとしようっと。